「AIなんて、意識高い系の人たちが使うもんでしょ?」 もしそう思っているなら、ぜひこのページを最後まで読んでみてください。
私は、スーツよりも作業着が似合う、生粋の「技術屋」です。 藤井寺工業高校を卒業し、大和川のほとりでやんちゃに過ごし、油と汗にまみれて生きてきました。そんな私がなぜ、最先端の「AI」を武器に起業したのか。その裏側にある、泥臭いストーリーをお話しします。
1. 油まみれの現場と「腰の痛み」が教えてくれたこと
私のキャリアは、失敗と挫折の連続でした。
- 大阪有線放送社を3ヶ月で退職(「電車通勤の時間がもったいない」という若気の至りでした)。
- 町工場のフライス工として、熱いキリコと油にまみれた1年半。
- 足場職人として、激務で腰を壊した1年間。
当時は「自分は何をやっているんだ」と自問自答する日々でしたが、今ならわかります。あの**「現場の痛み」**を知っているからこそ、私は「現場で本当に使いやすい道具(システム)」を追求できるのです。
2. PCを「ぶち壊す」勢いで掴んだITの力
足場屋の営業・専務として15年働く中で、会社にPCが導入されました。 「一番若い自分が覚えなあかん!」と、文字通りPCをぶち壊す勢いであらゆる機能を触り倒しました。
独学でネットワーク設定をこなし、YouTubeが流行る前から動画編集に明け暮れ、友人の結婚式エンドロールまで自作する。エアコンの取り外しも、バイクの修理も、ゲーム機の解体も。「仕組み」があるものは、何でも自分の手で解明したい。
この「異常なまでの探究心」が、私をAIという最強の魔法へと導きました。
3. 母から受け継いだ「超ポジティブ」という才能
私の原動力は、耳が全く聞こえなかった母の背中です。 家は貧乏でしたが、母はハンディキャップを微塵も感じさせず、いつも前向きに働いて私を育ててくれました。
その母のおかげで、私は**「超・超・超ポジティブ」**な人間に育ちました。 22年連れ添った妻との離婚、再婚した最愛の妻との癌での死別……。 人生には残酷な別れもあります。しかし、どんな苦境でも「前を向く」ことだけはやめませんでした。母がそうであったように。
4. SORAーNEXTAIが目論む「二つの逆転劇」
私は今、AIを使って二つの大きな目標(もくろみ)に挑んでいます。
① 大阪の中小企業のDX支援
「IT担当がいない」「何から手をつければいいかわからない」。そんな現場の悩みを、現場出身の私がAIで解決します。エアコンの修理を頼むような感覚で、AIを導入してほしい。そう願っています。
② 障害者雇用のレボリューション
耳が聞こえなくても懸命に働いた母。その姿を見てきた私だからこそ、**「AIという武器があれば、障害を持つ方が健常者以上に稼げる」**と確信しています。能力をテクノロジーで最大化し、誰もが誇りを持てる社会を創ります。
結びに:私に、あなたの「悩み」をぶつけてください
「エマニエル坊や」と呼ばれたやんちゃ坊主は、今、AIという魔法を手に入れました。 でも、中身はあの頃のまま、こだわり出したら止まらない技術屋です。
- 「うちの会社、AIで何かできるか?」
- 「こんなアプリ作れるか?」
- 「今のIT環境、もっと楽にできんか?」
どんな些細なことでも構いません。 私が直接、あなたの悩みをお聞きします。 共に、ワクワクする未来を創りましょう!


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